私にはふたつのビジョンがあります。
一つは、2050年には町を行きかう10人に1人が認知症になるという現在の推定が実際には起こらず、認知症が減り始めている未来。そしてその時、人々が「昔は脳の萎縮や白質病変が、意味のない加齢性変化と思われていて、何の対処もしなかったんだよ」と話をしている未来です。
かつて高血圧が「誰にでも起きる単なる加齢性変化」であり、F・ルーズベルト大統領でさえも放置されていたという歴史があります。人々が飢餓や、感染症や、戦争で日々命を落としている時代において、例えば肥満による老年期での心臓病リスクが医療の最大の関心事にならなかったことはやむを得ないことです。
私たちは、その時代時代で健康を脅かす最大の脅威と戦い、克服し続けることにより、直線的に延び続ける平均寿命を勝ち取ってきました。その戦いの中で、脳の実質の病気が表舞台に出ることはありませんでした。脳は固く守られ、かつ頑健な臓器であるため、他の臓器由来の疾病が先に健康を奪ってきたからです。そのために、私たちは自身の脳の健康を未病の段階から能動的に顧みることはありませんでした。
しかし、他の病気への治療が高度化した現代、長い人類の歴史の中で初めて、脳の健康が私たちの人生の意義を奪う最大の障壁として立ちはだかり始めています。私たちの健康へのアプローチも変容が迫られているのです。
私は過去30年以上、画像を用いた脳の健康状態の解析研究に携わってきました。そこで培ってきた知識と技術でこの変容のお手伝いできると考えています。
もうひとつのビジョンは、脳の健康を保つことにより認知症の可能性が減るだけでなく、人生100年を活動的に過ごすことができるという未来です。加齢の病にはその前段階が必ずあります。例えば認知症でいえば、それは人間として独立した生活ができないまで認知機能が落ちたと医師が判断する状態でありますが、それはある日突然起こるものではありません。正常と認知症の間には多くの段階がある連続体です。加齢とともに認知症の一歩手前、二歩手前の人もまた増えており、それらもまた避けたい、あるいは遅らせたい「好ましくない健康状態」です。
心身の機能の衰えは誰にでも起きる加齢性変化です。
そして、加齢は多くの疾病の最大のリスク因子です。であるからこそ、加齢という運命を受け入れつつもそれを最大限に遅らせる努力をすることが、人生の最大関心事であり、あるべきと考えます。私にとって、脳ドックを活用した脳の健康モニタリングの重要性が確信に変化したのは、萎縮と白質病変という脳の2大健康指標にとてつもないレベルの個人差があることが分かったときです。60代まで30代の脳の状態を保っておられる方がたくさんおられます。それは可能なのです。そのようなヒーローから人生を学び、そして加齢性変化が顕著な方にはその実態を知っていただき、ともに対策を考えたいのです。
血圧や血糖と異なり、病気に至るまでの脳の健康状態の変遷は世界的に見てもほとんどデータが存在しません。しかし、私たちはそれを知るシステムを確立しました。今後何十万という人を、5年、10年と追ううちに加齢による脳の変化、機能の衰え、そして認知症に至るまでの過程が解明されていき、それが予防への礎となります。30年間研究者をしてきた私がビジネスに転身した理由は、これを具現化する方法は、サステイナブルなビジネス以外にあり得ないからです。脳ドック施設と受診者の皆様のお力を借り、共に歩んでいきたいと思います。